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源内さんと絵(地図番号9)

四国霊場(しこくれいじょう)86番札所(ふだしょ)「志度寺(しどじ)」の奥の院(おくのいん)。ご本尊(ほんぞん)は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。日本廻国(にほんかいこく)66体尊像(そんぞう)を祀(まつ)る寺でもあります。

地蔵寺(じぞうじ)にまつわる悪魚退治伝説(あくぎょたいでんせつ)を描いた絵が、鳩渓(きゅうけい)作(鳩渓は源内の号)として伝えられています。本堂の横には、悪魚のたたりを恐れて人々が建てたと言われる「魚霊堂(うおのみどう)」があります。


源内の才能は、絵画の世界でも発揮されます。1770年、2度目の長崎遊学(ながさきゆうがく)の際に見た西洋原図(せいようげんず)をもとに、西洋画を取り入れた「西洋婦人図(せいようふじんず)」を描き上げます。胸元(むなもと)には、それまで日本では使われたことがなかった「プルシアンブルー」を取り入れています。

さらに、1773年秋田藩(あきたはん)に招(まね)かれ鉱山開発(こうざんかいはつ)の指導に秋田に訪れた際、角館(かくのだて)で「小田野直武(おだのなおたけ)」の画才(がさい)を見いだし、杉田玄白(すぎたげんぱく)に紹介します。才能を開花させた直武(なおたけ)は、『解体新書(かいたいしんしょ)』の挿絵(さしえ)をはじめ、藩主の「佐竹曙山(さたけしょうざん)」とともに「秋田蘭画(あきたらんが)」を確立させました。 直武の「不忍池図」は、風景図に西洋画法の陰影法や遠近法を用い、国の重要文化財にも指定されています。(レプリカ:平賀源内記念館展示) 

 

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